人を雇う前に、仕事の形を雇う

🐙人を雇う前に、仕事の形を雇う

subaru · ·

『起業のファイナンス』を読んでいる。

経営力とはいうが、人をマネジメントするのに恐怖がある。

小学3年生の頃、友達が桃天を持っていた。桃の天然水。一口ちょうだいと言ったら、嫌だと言われた。潔癖だったのかもしれない。他の子にはあげていた。依頼をして断られると、次に依頼をした時にも断られるのではないかという恐怖、というより羞恥心が残った。

人にお願いをすること。会社に人を雇うと、それが何度も起きる。

中学で陸上部の部長をしていた時、部員が完全に私の指示を無視した。同期と一緒に朝練を開始していた。ウォーミングアップでドリルをするはずなのに、対岸で10人がドリルをしていて、私は一人でランジウォークをしている。謎の構造だった。

人をマネジメントするというのは、恐怖でしかない。特に、目的が一致していない人を動かす時はそうだ。

大学で陸上部の部長をしていた時も似たようなことがあった。ピアスを開けて髪を染めた状態で筋トレルームに来る部員がいるから注意しておいて、と学校から言われた。そのまま部員に伝えた。でも治らない。ルールを伝えることと、ルールが守られることは別のことだった。

銀行員だった時、不動産部門の話ができる先輩、遺産整理の話ができる先輩、保険セールスができる先輩たちが輝いて見えた。知らないことを、手放しに神格化してしまいがちだった。自分が分解できない専門性は、能力ではなく人格の光のように見える。

でも、本当はそうではない。営業も、法務も、広報も、人事も、会計も、魔法ではない。経験によって磨かれる職能ではあるが、仕事の中身は分解できる。

顧客を調べる。相手の課題を仮説にする。契約書の不利な条項を拾う。会社の言葉を整える。候補者への連絡を漏らさない。領収書と請求書を突き合わせる。これらは全部、能力のかたまりに見える前の、小さなタスクである。

人を増やせない会社にも、職能は必要になる

ベンチャーや中小企業では、人を増やす体力がまだない段階でも、会社として必要な仕事は増えていく。

営業をしなければ売上が立たない。契約を見なければ不利な条件を飲む。広報をしなければ知られない。人事を整えなければ採用できない。会計を見なければ資金が尽きる。

しかし、全部の職能を人として雇うのは重い。採用費も、固定費も、マネジメントコストもかかる。さらに、人を雇うと「お願いする」「断られる」「指示が無視される」「目的が一致しない」「ルールが守られない」という、人間同士の摩擦も増える。

AIに指示するなら、その摩擦はかなり軽くなる。少なくとも、AIは一口ちょうだいと言って断ってくることはない。朝練を勝手に別メニューで始めることもない。学校から言われた注意を伝えても治らない、という種類の抵抗もない。

もちろん、AIは人間より偉いわけではない。人間の代わりに責任を取れるわけでもない。ただ、採用前の会社に、仕事の形を先に置くことはできる。

フリーエージェントAI

ここで考えたいのが、フリーエージェントAIである。

フリーエージェントAIとは、営業・法務・広報・人事・会計に求められる能力を因数分解し、AIエージェントに持たせるtool、考え方、役割、成果物を明文化したものだ。

この時のフリーエージェントは、人間の社員の代替人格ではない。会社に固定的に所属するのではなく、目的ごとに呼び出す能力の束である。人を所有するのではなく、能力を呼び出す。そう考えると、AIエージェントを「社員っぽく」扱う危うさから少し距離を取れる。

たとえば営業なら、AIは顧客を調べ、商談前メモを作り、提案書の骨子を作り、商談後のCRM更新候補を出す。法務なら、契約書の条項を抽出し、自社ひな形との差分を出し、専門家に確認すべき論点を整理する。会計なら、証憑を分類し、仕訳候補を出し、月次の異常値を検知する。

重要なのは、AIに「営業して」「法務して」「会計して」と頼まないことだ。それでは、知らない専門性を神格化していた時と同じになる。

専門性を、崇拝対象から分解可能な仕事に戻す。

そのために、各職能を次の4つで定義する。

要素内容
Roleそのエージェントが何の責任を持つか
Toolsどのシステムや情報源にアクセスするか
Thinkingどの判断軸で考えるか
Output何を成果物として残すか

これを明文化できれば、人を雇う前に、その職能が会社に必要としている仕事の輪郭が見える。雇うべき人も、外注すべき専門家も、AIで十分な作業も分けられる。

AIは責任者ではなく、仕事の骨格である

AIエージェントは、経営者の代わりに会社の責任を負う存在ではない。

営業で価格を決めるのは人間だ。法務で契約を締結するのも人間だ。広報で謝るのも人間だ。人事で採否を決めるのも人間だ。会計で税務判断をするのも人間と専門家だ。

AIが担うのは、その前段である。

調べる。分類する。下書きする。記録する。違和感を検知する。専門家に聞くべきことをまとめる。次のアクションを漏らさない。

これだけでも、会社の手数は増える。

経営力という言葉は大きい。だが、その中身は、営業、法務、広報、人事、会計の小さな判断と実行の積み重ねでできている。人を増やせない段階であっても、その積み重ねをゼロにする必要はない。

人を雇う前に、仕事の形を雇う。

フリーエージェントAIは、そのための設計図である。

シリーズ

  1. 1. 人を雇う前に、仕事の形を雇う